【4月】子どもの頃のわくわくを味わえる「4種のチーズハンバーグ定食」
何が食べたい、とおじいちゃんに聞かれて、ハンバーグと私は答えた。
最近、おじいちゃんの家に行く回数が増えた。妹が、しょっちゅう熱を出すせいだ。生まれたときから体が弱くて、幼稚園に通いはじめてからはすぐ流行り病をもらってくる。私にうつしちゃいけないと、そのたび、預けられるのだ。
おじいちゃんはいつも、夕飯に私を連れ出す。きまって、近所のやよい軒。
今日の私が選んだのは、4種のチーズハンバーグ定食。お肉がジューシーなのはもちろんだけど、デミグラスソースと一緒に溶けた濃厚なチーズが、ハンバーグの下に敷かれたケチャップ味のスパゲッティにからまるのが、おいしいのだ。フライドポテトがついているのも、最高。ばくばくあっというまに食べちゃう私に、おじいちゃんは「内緒な」と言ってフライドポテトの小皿も頼んでくれる。
妹が幼稚園に入った頃、私はお子様ランチを卒業する年齢になった。名前じゃなくて、おねえちゃんと呼ばれることも増えた。でもときどき、無性に恋しくなる。キャラクターの描かれたプラスチックのお皿なんて、子どもっぽくて大嫌いだったはずなのに、めいっぱい子どもでいることを満喫できていたあの頃が今は懐かしい。
「きれいなジンザモミだなあ」
ふと、おじいちゃんが、しみじみと私を見た。首をかしげていると、紙ナプキンにボールペンで甚三紅と書く。私の、ワンピースの色のことらしい。
「黄色がかった紅色を言うんだよ。江戸時代、高価だった紅花のかわりに別の花を使って染めた色を言うんだそうだ。死んだおばあさんは、その色の服を着て花見するのが好きだった」
「……私は、おばあちゃんのかわり?」
ちょっとすねた気持ちで聞くと、おじいちゃんは一瞬、びっくりしたあと、おかしそうに肩を揺らした。
「誰もかわりなんてできないよ。そんだけうまそうにハンバーグを食べるのは、俺の知っている限りお前だけだ」
ふうん、と私はもう一度つぶやく。お子様ランチがわりの、ハンバーグ定食。やよい軒の、本物のお子様ランチと違って、おもちゃもオレンジジュースもついてこない。でも、そのかわり、デミハンバーグか、和風おろしハンバーグか、いろいろなメニューから好きなものを選ぶことができる。
「じゃあ今日は、帰りに一緒に桜を見る?」
言うと、おじいちゃんは見たこともない、やわらかな笑顔を見せた。いつもむっつりとしたおじいちゃんがこんなに優しいことを、たぶん妹は知らない。私だけの特別にしてもいいけれど、元気になったら連れてきてあげようと心に決める。しかたないから、ポテトもわけてあげよう。
だけど今日はまだ、ポテトもおじいちゃんも、ひとりじめ。
作=橘もも イラスト=畠山モグ