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【12月】師走に冷えた心も体もあたためてくれる「チゲ定食」

 ほかほかと湯気を立てて運ばれてきたのは、チゲ定食。一人用の小さな鍋を覗き込むと、めがねがまっしろに曇る。外気で冷えた顔があたたまり、子どもを産む前はこんなふうに美顔器のスチーマーで毎晩、保湿にいそしんでいたなあ、と思い出す。ああ、ずっとこうしていたい。なんて、馬鹿なことを考えながら、まずは一口、スープをすする。味噌の甘さとコチュジャンの辛さが、絶妙だ。しっかりと魚介の出汁が効いていて、手間暇かけて作られていることがわかる、深い味わいが心にも体にも染み渡っていく。

 薄群青の空に雪の気配がちらつく今日、一年ぶりに自分だけの休日を得た。ランチする店にやよい軒を選んだのは、鍋定食のポスターと目が合ったからだ。師走の寒さに凍えながら、「チゲとすき焼き、あなたはどっち派?」と煽られ、抗えるはずもない。私は断然、チゲ派! と勢いこんで店に入った。

 それに、気にもなっていた。お米がなにより好きな私に、会社の男の子たちがすすめてくれたやよい軒。ごはんのおかわりが自由で、無料の漬物を載せてだし茶漬けにもできるなんて、夢のようだと思ったけれど、私はいつも誘いを断り、デスクでひとり自分で作ったおにぎりを食べるだけ。保育園のお迎えに間に合わせるため、一分一秒でも無駄にせず、タスクを片づけなくてはいけないからだ。

「……はふっ」

 気をつけていたつもりだったのに、一口が大きすぎて豆腐が口のなかで暴れまわる。白菜もけっこう、危険なんだよね。と、ふうふう息を吹きかけてかじる。忘れていた。家で鍋をするときは、子どもに食べさせ、癇癪に対応するうち、冷めきっていることがほとんどだから。あとでゆっくり、なんてことも、なかなかできずに、鍋を用意すること自体が最近ではなくなっていた。

 そういえば、出産する直前も、チゲを食べようとしていたんだっけ。でも、臨月のおなかをさすりながら、具材を買いに行こうと家を出たところで産気づいた。膝をついた私の目に、道路わきに生える黄色い石蕗(つわぶき)の花が目に入り、冬でも日蔭でもこんなにたくましく、けれど可憐に咲くものかと、励まされるような気持ちになった。あとで調べたら、花言葉の一つは「困難に負けない」。いいなあ、と、子どもの名前には蕗の字を使おうと決めたのだ。

 具が半分ほど減ったところで、中央に鎮座する輝かしい卵のふくらみに箸を入れる。ぷちん、と黄身がはじけて溶け出すスープに、レンゲに載せたごはんを浸す。いつか子どもが大きくなったら、この贅沢で至福の瞬間を味わわせてあげよう。でも今は、大人だけのお楽しみ。私は腰をあげて、ごはんのおかわりに向かう。あとにはまだ、締めの雑炊も待っている。

 

作=橘もも イラスト=畠山モグ