【1月】薔薇色の日々のはじまりを呼び込む「しゃけの塩焼朝食」
私たち夫婦の正月は、やよい軒の朝定食から始まる。
夫婦で経営しているイタリアンバルは、常連に支えられたこぢんまりとした店だけど、コロナ禍を機に始めた洋風おせちが好評で、年末はずっと仕込みに追われている。年があけたらあけたで、店と自宅の大掃除にお互いの実家訪問とあわただしく、一息つくころには三が日が過ぎ、世間は日常をとりもどしている。入れ替わりに、ようやく私たちの正月がくる。
泥のような眠りから目覚めたら、いそいそと、財布だけもってやよい軒に向かう。
どちらもきまって、選ぶのは、しゃけの塩焼朝食。ただし私は、オプションで納豆をつけて、ごはんはもち麦に変更。この、ぷちぷちとした食感がたまらない。
夫は、すき焼きの小皿と生卵を追加。ちょっと贅沢が過ぎるんじゃない? とふだんなら止めるところだけれど、子どものころ、正月に家族ですき焼きをするのが好きだった、なんて聞かせられたら、いくらでも食べてちょうだいという気持ちになる。
そもそも、朝定食は昼に食べるよりもずっとお得なのだ。これだけ好きにアレンジして、ごはんもおかわり自由なのに、ひとりあたり千円札でおつりがくるなんて、信じられない。このサービス精神、見習わなきゃね、なんて言いあっていると、遅れて玉子焼きが運ばれてきた。
「いつのまに頼んでたの?」と驚く私に、夫がはにかむ。
「いや、ほら、今年で店は十周年。俺たちも結婚して、十五年だろ。いつもより気張ってみたくなって」
テーブルの上には小さなお皿がいっぱい。確かに、眺めているだけで華やかな気持ちになれる。
夫はまんなかにおいた玉子焼きを、箸で半分に割った。よく火が通っているのに、とろけるように断面が崩れる。それをさらに一口大に切って食べると、私のほっぺもとろけた。砂糖の甘さとはちがう、でも、出汁が効いているだけでもない、絶妙な甘さ。
「おいしいね」
「やっぱりあなどれないよな、やよい軒」
「今年も負けてらんないね」
これからも私たちはきっと、おいしいものをわかちあいながら、老いていくのだろう。想像して、こそばゆいような気持ちになる。この瞬間を積み重ねることで、私の人生は薔薇色に染まっていくのだと思う。
おなかを満たしたら、梅の咲き誇る神社で初もうで。商売繁盛と家内安全を祈って、帰途につく。明日からはまた仕込みが始まり、私たちも日常に戻る。
だけど今日だけはまだ休み。久しぶりに手なんてつないで歩いちゃおうかな。
ごはんをかきこみながら、至福の表情を浮かべている夫を見て、私は微笑みにたくらみを忍ばせる。
作=橘もも イラスト=畠山モグ